書院紹介

屛山書院

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書院概要

屛山書院

本来、この書院の全身は豊山縣にあった豊岳書堂であり、高麗から儒林の教育機関であった。1572年(宣祖5年)に、西厓柳成龍先生が今の屛山に移したのである。

1607年に西厓が他界したら、鄭經世(チョン・ギョンセ)などの地方儒林の公議によって先生の学問と徳行を追慕するため、1613年(光海君5年)に尊德祠を創建し、位牌を奉安させた。そして、1614年に「屛山書院」と改称したのである。

屛山書院

1620年(光海君12年)に儒林の公論によって、退溪先生を安置した廬江書院に位牌を移した。その後、(仁祖9年)に別途の位牌を用いて尊德祠に安置し、退溪先生の三男である修巖・柳袗を追加に配享させた。1863年(哲宗14年)には賜額され、書院に昇格した。

先 賢の配享と地方教育の一翼を担当し、多くの学者を排出し、1868年(高宗5年)大院君が書院に対して撤廃令を下したときも撤退されず保護された。日帝強 制占領期間に大々的な保守が行われ、講堂は1921年に、聖廟は1937年に再度たてられた。毎年3月中丁(2番目の丁日)と9月の中丁に鄕射禮を行って る。

1978年3月31日、史蹟第260号として指定された。慶尙北道安東市豊川面屛山洞に位置している。